君の待つ世界3

それから数時間後。

キッドが予告をしていた仙台市内の美術館では、警察やマスコミ関係者などが入り乱れ、騒然とした雰囲気に包まれていた。

怪盗キッドが予告時間になっても現れない。

それは当然の事ながら前代未聞の事態だった。

その情報はすぐに警視庁捜査二課キッド専任である中森警部にも伝えられる事になる。

そうですか。わかりました。

警部はそう言って宮城県警から報告を受けた後、すぐさま誰にも気づかれない様に人気のない場所へと移動した。

そして携帯を懐から取り出し、電話帳から工藤新一の番号を選んで電話を掛けた。

はい、工藤です。

警視庁の中森だが、今仙台市内のキッドが予告した美術館から、予告時間を過ぎてもキッドが現れなかったという報告を受けた。その事について何か聞いているかね?

すぐに応答した新一に警部が淡と問い掛ける。

もちろんこの電話を取っているのが実はあの小さな名探偵である事も、その名探偵江戸川コナンが今の快斗にとって誰よりの理解者であるという事もすべて承知の上で。

いいえ、何も。

しばらく呆然とした様子で沈黙を続けた後で、らしくないくらいに歯切れ悪く新一が応えた。

警部はその答えに目を伏せて頷く。

わかった。何かわかったら連絡をくれたまえ。

警部はそう言って電話を切ると窓の外に視線を向けた。

真夏の明るい太陽の光からようやく解放されて昇り始めたばかりの月が昏い色を伴い赤く光る。

まるで血の色を連想させる様なその月を見上げて警部は深い溜息を吐き出した。

快斗君。

掠れる程の小さな声でそう呟く。

そうして心に思い浮かべるのは、娘に寄り添い幸せそうに微笑む快斗の姿。

快斗と青子と自分。

いつも三人で、まるで本当の家族みたいに長い間過ごしてきた。

同じテーブルを囲んでいつも同じ場所に座り同じ食事を口にして、いつも変わり映えのしない会話を交わして。

そんな退屈なくらいにいつまでも変わらない穏やかで幸せな食卓の風景。

実はそうした時間の裏側で、快斗がキッドとして罪を犯してきた事に気づいても。

それでも不思議なくらいに快斗を憎む気にはなれなかった事を改めて思い返す。

警部はふと胸ポケットに手を入れて一枚のカードを取り出した。

いつか必ず。真実を貴方に。怪盗キッド

組織にさらわれた青子が助け出された翌日の夜、煙幕の中に残されていたメッセージ。

黙して語らない快斗の強く秘めた想いがその短い言葉の中に凝縮されているのだとそう思った。

怪盗キッドとして自分にも青子にもひた隠しにしながら罪を犯し続けてきた快斗。

その動機は何なのか?

求めている真実というのは何なのか?

その日からずっと考え続けてきた。

もちろん、どんな理由があったとしても犯してきた罪はとても許される事ではない。

犯罪は犯罪、罪は罪。

罪に対しては罰を受けるのが世の中の道理で、それは誰であろうと間逃れる事は出来ない。

どれほどの資産家でも、偉大な権力を手にした政治家でも。

それは誰であっても。

犯した罪に対しては償いをする。

それをせずにのうのうと生き続けていくという事など、絶対にあってはならない。

また、許すわけにもいかない。

もちろんそれが、ただ一人の愛娘の大切な幼馴染であっても。

快斗君。

そう、呼び掛ける声は誰にも届く事なくその場限りで湿った空気の中に掻き消されて消えていく。

それでも。

お父さん、快斗がね。

快斗ったらね

思えば娘の話はいつもそんな幼馴染の話ばかりだったと改めて思い出して思わず口許に苦笑いが零れた。

それからフッと息をついて警部はもう一度真顔で月を見上げる。

無事に帰って来なかったら許さんからな!

そう呟くと、踵を返して再び歩き始める。

今夜がおそらく最大の山場になるのだろうと。

心の中でそう強く、確信しながら。

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